2007年05月22日

父の日の花はなぜ日本では黄色いバラ?

父の日は、父に感謝を表す日♪6月第3日曜日♪

1910年にアメリカ・ワシントン州のJ.B.ドット夫人が、彼女を男手1つで自分をそだててくれた父を覚えて、
教会の牧師にお願いして父の誕生月6月に父の日礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。
当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、
「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。
ドット夫人が幼い頃南北戦争が勃発。父、スマートが召集され、
ドット夫人を含む子供6人は母親が育てることになるが、
母親は過労が元でスマートの復員後まもなく亡くなった。
以来男手1つで育てられたが、スマートも子供達が皆成人した後、亡くなった。
1916年アメリカ合衆国第28代大統領ウッドロー・ウィルソンの時に父の日が認知されるようになる。
1972年(昭和47年)になり、アメリカでは国民の祝日に制定される。

母の日の花がカーネーションなのに対し、父の日の花はバラ。
ドット夫人が、父の日に父親の墓前に白いバラを供えたからとされている。

父の日のプレゼントは?
本来は白いバラ 、今ではさまざまな贈り物をしますが、
本来、母の日がカーネーションだったように、父の日はバラを贈りました。
ドット夫人が父親の好きだったバラを選び、
白いバラを父のお墓に供えたことに由来します。

バラは何色?
ドット夫人が供えたのは白いバラですが、父親が健在なら赤いバラ、他界された後は白いバラを贈るという説もあります。

なぜ日本では黄色いバラが多いの?
1981年に社団法人日本メンズファッション協会を母体とした『FDC 日本ファーザーズ・デイ委員会』が設立され、
父の日が国民的イベントになっていきます。同委員会では黄色を提唱し、
「父の日黄色いリボンキャンペーン」や「ベスト・ファーザー発表・授賞式」などの活動を行っています。
黄色や黄色いリボンの由来ですが…
『イギリスでは古来、「黄色」は身を守るための色とされていました。
「黄色」がアメリカに渡って「黄色いリボン」となり、「愛する人の無事を願うもの」となりました。』
こうした活動が実を結び、日本では黄色を父の日カラーにするところが多いのです。
プレゼントに黄色いリボンを結ぶのも、そのためです。
花に関していえば、黄色いバラやヒマワリのほか、白いバラ、白いユリなども支持されています。

pop2.jpg

父の日の贈り物に最適なお花の咲く中国工芸茶
激安販売店 「中国茶叶百円均一 ゆの美」
⇒ http://yunomi.ocnk.net/
posted by yunomi at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 「ゆの美」のオススメ品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。